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ちょっとした駅前の繁華な街角から、
雑居ビルの間という微妙な隙間をショートカット扱いにして
裏手の通りまで通り抜けようとしかかった太宰嬢と黒の姫女の二人連れへ、
足止めのように吹き付けた不自然な旋風があり。
しかも、止んだと同時に不躾な声を掛けてきた存在までお出ましで。
きっと今頃、彼女らが入ってきた側には
何かしら、取って付けたように荷物が置かれていたりしての
誰も入って来れぬような “人払い”もなされているに違いなく。
彼女らが実は見栄えの麗しさを裏切る肩書の持ち主だから、
そうと知ってのちょっかい掛けかとも思えたが。
話しかけられた言いように彼女らが抱えていた猫を差すものがあったので、
首輪はあるがここいらの町猫か、それとも何かしらの作為あっての放置なのか、
徘徊こそ自然なこととしているので手放してほしいと言いたいのらしく。
“つか、それにしちゃあ要領の悪い言い方よねぇ。”
とりあえず、ウチの仔なんです案じてくれてありがとうが一番無難だろうに、
連れてかないでと来たのがまず不審。
自分らとのかかわりはないとしたいのか?
こんな、ひょいとひねれそうな女子供を相手にか?
それとも、さっき外したGPSとは別に盗聴器でもつけてる子で、
それへそんな言質を拾われては不味いのだろうか。
或いはあるいは、ただの女性と甘く見て何なら拉致してしまう所存だから、
取り繕いなどいらぬという乱暴さからの手の抜きようとか。
“まあ、どっちにしたって。”
異様な雰囲気とその態度から、異能持ちとみなした上で
こっちも売られた喧嘩は買うよという態勢になってのこと、尋常ならざる異能を繰り出したのだ、
そういう状況だってことは 妙な楯で“羅生門”を防御した相手へもさすがに伝わっただろう、と。
ほんの一刻の対峙でこうまでの思考を呼吸するよに巡らせ、
相手への初期解析に手を掛けられる女傑が、だが、
長外套の裾越しに抱えた子猫を見下ろすと、
やれやれという苦笑交じり、内心で肩まですくめて、相手を小意地の悪い表情になって眺めやる。
自分の前にやや歩を進めた恰好で姉様の楯にならんとしている元部下の少女の
意気盛んなところへ水を差したくはなかったし、
ちらりと見下ろした三毛の仔猫さんにも思うところは大有りな太宰だったしで。
そんなこんなとややこしいあれこれが錯綜しているこちらの事情なぞ 知る由もないお相手は、
「もしかしてお前さん、指名手配されてるマフィアの異能持ちかい?」
若いのだか歳嵩なのだか判らない口利きで、
怪しいツナギの男がそうと直接訊いたのは手前にいた芥川へ。
淡色のアンサンブル、マキシ丈のプリーツスカートが心なしかやや短くなっているし、
ジレの方はもはや原型を失くしてリボンのよう。
その分…というべきか、
ビルの間の通り抜けというこの矮小空間のやや頭上を埋めるようにして、
ヤマタノオロチが鎌首もたげているような図で、
緋色の帯が十重二十重、生き物のように浮かんでうごめくという、
どこか幻想的で異様な様相を呈しており。
「そうか、黒い生き物を飼っているんじゃあなくて、着ているものが操れるってやつだね。」
ポートマフィアの黒外套の禍狗、
裏社会ではそんな通り名で伝わっている死神級の鏖殺者のことを、この男も知ってはいたようで。
そうまでの名うての存在に相対しても、
怯むことなく むしろ不敵な声を出しているなんて、それで十分怪しい存在。
しかも そちらこそどこから出して来たものなやら、
顔の前へとかざした右の前腕に 籠手のように巻き付いた一部を残し、
小ぶりの携帯傘のようにパンッと開いた異様な楯を連れておいでと来た。
泥のようなと形容したが、粘土のようなと言った方がいいのかも。
不定形な存在のようで、楯のようなその大きさが広がったり萎んだりと落ち着かない。
もしかして何かしらの生命体ででもあるものか、
だとして、ならば今それは素早く防御したのは、其奴自体に判断能力あっての動きか。
黒い生き物を飼っているんじゃあなくて…などと羅生門のことを評した辺り、
自分のとは違うんだという納得を持って来ての言いようとも解釈でき、
“自律しているとなると厄介だな。”
芥川嬢の黒獣は、主体の嬢が操っている代物。
なので本人の思惟での自在ゆえ、
当人が持ち合わす桁外れな集中や注意力もて 隙のない攻守に繰り出しているのだが、
相手の“それ”はもしかして、そのものに思惟あって動いている存在かもしれない。
となると、
“帯びてる当人の技量は関係なくなる。”
どんな利点があってかは知らぬが、
自身より劣る奴に取り付いている高等な存在だったら始末が悪いなと、
外套の腰辺りにある衣嚢へ片手を突っ込みつつ、周囲への注意を払ってみる。
どういう段取りなのか、人通りの気配さえないから
先にも触れたが 此奴のお仲間が看板でも立てたか、
それとももっと具体的に通りからの出入りを封じるよう威嚇半分で立っているのやも。
だとしたら 多少暴れてもいいのはこちらも同じ状況らしいと
そこまで周囲の現状を解析していた太宰だったが、
「面白い能力だね。こうかな?」
ツナギの男がそんな風に呟いた途端、
腕にまとっていた粘土のようなものが急に総身をうねうねとのたうたせてから、
ひゅんと勢いつけてしならせ、
その表面から鞭のような触手を伸ばすとそのまま鋭く宙を走らせてくるではないか。
しかも、鋭角な切っ先のようなものまで備えており、
「…っ。」
「太宰さんっ。」
前方に護衛よろしく立ちふさがってた芥川の頭の傍をすり抜けて、
疾風のような素早さで飛んできたナイフ状の尖刃を 咄嗟に身を僅かほど反らせて躱す。
ただの飛び道具じゃあない、何かしらの異能なせいだろう、
回避した此方へやや追尾して来るような気配もあったが
それへは手をかざしたので地へ落ちた切っ先はそんな効果も失くしており。
べたりと力なく地べたへ落ちたそれは、
流れ出した泥水の逆再生の映像のように持ち主の立つところまでへずるずると戻ってゆく。
先程見せた羅生門さながらの俊敏な動きは影もなく、
“コピーという効果はその都度いちいち働かさなければならないらしい、か。”
猫様の存在というハンデ(?)があるため、太宰もその異能をさほど強く念じたわけじゃあない。
それでも効いてこの様子ということは、
能力の複写という異能、さして練られてはないものか、もともと強いそれではないかだろう。
「へえ、そっちのお姉さんもなかなかの手練れらしいね。」
こちらの嬢はともかく、庇われているので一般のお人かもと狙ったらしかったが、
こりゃあ意外な結果だと言いたげに、上から目線のまま鼻で嘲笑うのがいちいちむかつくが、
物知らずにはよくあることとこっちも本気では相手にしない。
意外だったのは本心かららしかったし、
きっと相手はこの猫さんへの用があってのこと、
手放させるのを第一目的にこんな襲撃をしてみたのかも知れない。
ごくごく普通のお嬢さんなら、今ので肩なり腕なり裂かれていてその痛さで猫なぞ放り出していただろうし、
何かの偶然から無傷で除けられても何か得体の知れないものに襲われたとその不気味さへ驚いているはず。
だってのに、動じなかったばかりか、
手をかざして避けた一連のあしらいに、さすがに何かしら気がつきはしたらしかったが、
淡々とした会話とは別口で
選りにも選って自分の異能を参考にしたらしい攻撃による刃物が、
師匠でもあられる姉様の身まで届いた事実は、
別なところへ思わぬ効果を及ぼしてしまったようで。
「貴様、よくも太宰さんへ……っ。」
あ、しまった ちょっと面倒な展開になりそうだと。
いささか暢気な感慨でいる姉様をよそに、
一人真摯な怒りを身の内へ起こしてしまった、一見文系女子大生に罪はないと思われる。
「そのような異能を持つ者、どこぞかの組織の末端にでも属す構成員に違いない。」
あ、この子ったら結構喋るのね、私以外にはと、
姉様にとっては新鮮だったからにせよ、やっぱり見当違いな感慨、ついつい優先しているうちにも、
「…っ。」
中空に待機状態になっていた、本日限定、緋色という案外可愛らしい色合いの羅生門が
風を切って相手へと飛びかかる。
幾条もの太刀による鋭い突きを連続で受けるようなものであり、
ほぼ素人だった白虎の敦嬢がそれでも何とか修羅場をしのげたのは、
虎の異能による勘が補佐したものか、再生の異能が忙しくも働いたからか。
とめどなく叩きつける時雨をも思わすような
そんな激しい集中攻撃の驟雨を受けたツナギ男へ、
微妙に気の毒なと同情しかかった太宰の姉様だったが、その懐でお猫様が低い声で ふなうと唸る。
「……あ。」
原型さえ留めぬだろうほどの斬撃の雨を受けたというに、
傘代わりの楯は削られ抉られた端から
“不定形だから”というには不届きだろうほどの速やかさで再生して見せたのだ。
話が進まない呪い、誰か解いてください。(切実)
to be continued.(19.05.28.〜)
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*観測史上最遅の梅雨が絶賛のたうち中ななか、
古来より馬鹿が引くと言われている夏風邪を拾いました。
喉というか気管がムズムズっとしては止まらない咳が続くのがしんどいです。
肺活量少ないから、くさめも3回以上続くと死にそうになるのに…。
相変わらず首も痛いですしね。

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